トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

指も腕も足も眼も耳も声も
何を挙げても同じものを探すのは難しい
両手を広げて
それが物差となる



こんにちは。
人間は97%が同じ、残りの3%に違いがあるのだ、と人に聞いたことがありました。
でもいま調べてみるとその説は見つからなかったから、根拠はなかったのかな?
もっともっと、違いは少ないという話を見かけました。
でも幼い自分にはその話がとても興味深く思えたのです。


一昔、いやふた昔も前にはあまり使われていなかったのかもしれません。
「最低」や「最高」といった単語、特に感情を表す際に使うときの意味合い。
あれ、苦手なんです。というか苦手なんだなと思ったというか。

自分は後にも先にもそれを超える何かがあるんじゃないか、という考えからその単語を使う事はめったにありません。
「(現時点での)サイコー」という意味合いなら使えるのかもしれないけど、どうも使うのを敬遠していて。
使われて初めて違和感の正体に気が付きました。

最高も最低も、その人の物差であって、彼の物差に置き換えて考えれば最高で最低になるのでしょう。
両手の大きさも腕の長さも全然違ったって考え方も知識の量も思考の幅も違う人同士が同じ物差を使おうとすると、違和感があるのだと思います。
この物差は言い換えると、価値観と呼べるかもしれません。
まったく同一の価値観を持つ人間はそう居ないと思います。
ただ、似た幅の定規を持つ同士では共感できることも多いかもしれませんね。

「それってサイコーじゃん。」て言われてから気になっていたことを書き出してすっきりしました。
私にとっては全くサイコーではなかったので、なんか価値観の押しつけのような、違うのかもしれないけどそんな錯覚を覚えたので。


ここまで書いてる間に二回意識がとんだので今日は考える文章を打つんじゃなかった。。。
もすこしちゃんとまとめた文章かけるようにします。
今日は別件でも気になることがあったのでそれを紛らわすように打ってました
ま、なるようにしかなりませんね。

ではee you again
スポンサーサイト
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。