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学戦:親友 西畢(にし ひつ) ①

 無知であるというのは脆い部分もあり、ある意味とても強い。繋いだ手が力を失う瞬間は永遠にも思えるほどゆっくりと、それまでの喧騒がまるでなかったかのように静かに過ぎた。親友を失ったその瞬間から、彼は"弱く"なった。


 今日も座学の講義をさぼったからと、小田切教官に怒られてしまった。元々興味の薄かったのだから、怒られたところで別に出たいとも思えない。それに座学になると仲間と同じ空気の中で共通のテーマについて考える、そんな中で生まれる一体感が嫌だ。あの輪の中に入りたいと、入れるとは今は思えない。
 囲まれた場所で人の中にいると窮屈に思えるから、外での訓練には参加している。不真面目な態度もあるし、郷に返されるならばそれも構わないのだが、戦に出たり訓練を行ったりしているのをお偉い方がみて、まだ自分は不要と思われてはいないらしい。入学して4ヶ月余、未だ昴は黒軍の学生でいる。
 教官の部屋を出た所で呆れ顔の奎に捕まった。
「絞られたか昴。まったく・・・教官に怒られるなんて、勲章にもならないぞ?」
 苦笑しながらも怒るという感じではない。同郷の兄のような立場で幼い頃から接してきた奎には素直に説教を聞かないことなどお見通しなのだろう。
「小田切教官も気遣ってくださっていたじゃないか。そろそろ気を入れ替えて、真面目に戦術を学んでみる気はないのか。」
 やさしい声音が身に染みる。この学舎において唯一になった心を許せる存在、兄のような奎の言葉でもいまの俺には身を切られるような辛さがある。いや、そんな彼の言葉だからこそ尚更なのかもしれない。

 入学した頃は隣に親友の畢がいた。対して大きくもない集落に生まれ隣近所の子供たちは大きな兄弟のように過ごした。
生まれ年が同じというだけでよく遊ぶ仲になった昴と畢は、気も合い仲が良すぎるとからかわれる程度になり、そして同年入学を迎えた。奎はその畢の血の繋がった兄にあたる。
 比較的趣味嗜好の合う二人ではあったが、昴が人見知りであるのに対して畢は社交的で、入学後は当然のように周囲には人が集まるようになった。面倒見の良い気質で、入学当初の不安な気持ちの同輩たちに頼られることが多かった。その隣にいると話す機会も増えることもあるし、そこそこ真面目に「学生」を、周囲と同じように毎日を少し面倒に思いながらも楽しんでいた。
 稀に抗争で人死にがあるとは聞いていたけれど、怪我は多く有りこそすれ同期は欠けていなかったし、対して現実的ではない話だと思っていた。思っていたんだ、あの時まで。

 入学して3ヶ月経った頃、入学したての1年生は心なしか眼差しも鋭くなり、身体も少しがっしりとした学生になっていた。長かった基礎訓練は今も欠かさず行われているが、最近では武器を使った訓練も増えてきてちょっとした抗争の時には駆り出されるようになってきて、「戦争」の空気に慣れてきたと感じ始めた頃にそれは起こった。
 慣れは緊張感を、慎重さを損なわせ、奢りを生んでいた。いつもであればつきっきりの現場指揮官は、別の場所へ指示を出すといって、専守防衛を心がけろと言い残して場を離れていた。接近する敵軍への威嚇と、武力行使のみを繰り返すことに飽いた同期が背を向けた敵軍生徒を追おうと言い出して駆け出した。同様に突っ込んだ同期は少なくなく、常の不満を含め自分がどこまでできるか試したいだとか功績を残したいだとか、思惑はそれぞれのままに駆け出した。
「おい。あれやばくないか?」
 畢と昴は奎から話を聞いていたから、他の者たちよりも多少なりとも警戒していた。防衛の一角が敵を追い崩れたのを見て、罠ではないかと疑うことができた。
「馬鹿!俺たちの役目は防衛だ。深追いするな!」
 声を張り上げて止めなければと動いたが、もとより攻めることを考慮されていないため足となる馬もいない。足で追いつくのは難しく、ただ停止を呼びかけて追いすがることしかできなかった。
 草が足高く生える場所まできたとき、ふと、逃げていた彼らが方向転換をして攻撃に転じてきた。血気盛んな黒軍も応戦する。しかしここにきて経験値の差が明らかになり若干旗色は悪くなってきたが、そこにさらに相手方の増援が草の影から現れ敗色濃厚となった。このままでは全滅すると覚悟したその時、畢が同期に提案した。自分が殿として食い止める間に突破口を開くようにと。
 悩む時間はなかった。無策の新人たちは囲まれる前にと自陣の方向に向かって突進し道を開いた。昴もまた親友を信じ背中を預けた。その時の選択は、その後の彼の人生にも大きく付きまとう分岐点となった。
 同期の撤退が行える頃、振り返った昴の目に映ったのは無言で痛みに耐え、敵を食い止める畢の姿だった。苦しむ声が聞こえなかったから無事だと思い込みまっすぐに突破に専念できた。だがそれは畢の意志と思惑によって行われていたに過ぎなかった。
「これで突出した黒軍も居ない。作戦は失敗だな?成果がでなくて残念だったな、ばーか」
 返り血と自分の血とで赤くなった彼はいう。敵軍にとってみて戦果はほぼ0であるのに対して、彼の足元には4・5人の倒れた生徒の姿がある。敵軍もまた、これ以上追うメリットはないと考えたのか、畢を睨みつけながらも撤収の号令で陣へと戻っていった。
 相手が見えなくなる頃、血にまみれた彼は聞こえるか聞こえないかの声で言葉を吐き出す。
「戦争なんてするもんじゃねぇな。こんなことを兄貴は経験してきたのか。俺にはこんなこと・・・」
 親友の顔に向いて、力なく、絞り出す声で
「ごめんな、昴」
 呟いて彼は倒れた。
 それからのことは記憶が不明瞭だ。馬鹿だのカッコつけだの怒った気もする。その度に少し笑って畢は頷いて、謝っていた。
 抱えて医療班に引き渡した頃には脈もかなり弱くなっていて、意識があるのが不思議だと言われる程だった。刺突武器を持つ敵に肝臓を貫かれていたらしい。黒い血が腹部から流れていた。ばれなくて良かったと呟く彼に、複雑でやり場のない気持ちから地面を叩く拳から血が出たが不思議と痛みを感じなかった。
「良かったよ。お前たちが、仲間が無事で。良かった。ごめんな。」
 痛みはもうないのだと呟いてまた寂しそうな顔をする。そこに天幕が勢いよく開き、息を切らせた奎が入ってきた。少し嬉しそうな顔をした畢と、奎が顔を近づけて少し話をする。とぎれとぎれに聞こえる単語に「父さん」や「頼むよ」といったものが聞こえる。家族の話をしているのだろう。手を握って奎は頷いて聞いていた。
 悠久にも感じたときはおそらくほんの数刻だったのだろう。俯く昴の頭を軽く叩いて何か呟くが、聞き取れずに聞き返した。その返事を遂には聞くことが出来ぬまま、西畢はその短い生涯を終えた。

 失うこと知ってしまうと、手に入れることが怖くなる。守るものがあると人は強くなれるというが、たしかにそうなのだろう。畢はたしかに強かった。周りを巻き込む力があって、周囲の人間を笑顔にする、太陽のようなやつだった。その太陽は仲間のために身を焦がし、仲間を救い燃え尽きた。昴にはそれが良いことなのかどうなのかわからない。
 親友を失い、大きな支えがなくなって1月ほどだった今も、宙に浮いているような気分で過ごしている。地に足をつけるのが怖い、拠り所を作るのが怖い、守るものを持つのが怖い。自分を看るのに精一杯で、厭世的になっていった。
 親友の死が残した爪痕は深く、このあと暫く彼は人と深く関わることを恐れるようになっていく。どこか投げやりで、敵地に飛び込む様子を無鉄砲と注意されようと、自分を大切にしろと言われても、彼の心の琴線には響くことはなかった。

このあと起こる「ある出来事」から、特定の誰かや、少しづつ人と関わろうと考えるようになっていくが、それはまた別の話。
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